トラストやオートレックが切り開いたECサイト運営型輸出ですが、2009年ころから、ビィ・フォアードが一気に台頭してきます。
前回の記事 >> 中古車輸出マーケットの変化とトレードカービューの戦略
前々回の記事 >> ECサイト運営型中古車輸出の先駆者、トラストとオートレック
売上:400億(2016年度)
中古車輸出台数:11万1,652台(2016年度)
従業員数:国内176名(2017年8月)
取引実績国・地域:127カ国
設立:2004年3月10日
それまではトラストでも年間6,000から7,000台くらいの販売でしたが、対するビィ・フォアードは、それまでの輸出業者が何年も掛けて伸ばしてきた台数を軽く超えていきました。
ビィ・フォアードの輸出台数推移
2009年 | 2,400台 | |
2010年 | 7,800台 | (一気にトラストを超える) |
2011年 | 35,696台 | |
2012年 | 72,142台 | |
2013年 | 126,483台 | |
2014年 | 146,925台 | |
2015年 | 116,213台 | (チャイナショックの影響) |
2016年 | 111,652台 |
ビィ・フォアードが一気に輸出台数を伸ばすことができた理由は、以下の4つのポイントではないかと考えられます。
- トレードカービューを使ったローコスト薄利多売戦略
- トレードカービューの手数料変更と自社サイトへの転換
- 口コミを広める仕組みと現地ユーザー視点
- 中国の対アフリカ投資という追い風
1.トレードカービューを使ったローコスト薄利多売戦略
ビィ・フォアードは、山川 博功代表取締役社長が99年に中古車買取会社であるワイズ山川を創業し、その後2004年3月に、中古車輸出の会社として株式会社ビィ・フォアードを設立しました。
最初はニュージーランド向けにスポーツカー等を輸出していたのですが、 2005年2月にトレードカービューに加盟してから、大きな転換点 を迎えます。
ニュージーランドに売っていた頃のBeForwardサイト
カービューの料金体系とビィ・フォアード
ビィ・フォアードがこれほど爆発的に販売台数を伸ばせた理由は、当時のトレードカービューの料金体系にありました。
トレードカービューは2004年のサービス開始以降、2010年の料金改定まで、 加盟店の掲載料は月額の掲載料だけ でした。
したがって、ビィ・フォアードは、加盟した2005年2月から料金体系が変更された2010年8月までの 5年6ヶ月の間、月額掲載料だけで多くの海外バイヤーに商談するチャンスを得ることができていた と言えます。
ビィ・フォアードの集客コスト
「中古車輸出マーケットの変化とトレードカービューの戦略」でも触れた通り、2004年にトレードカービューが参入した後も、 ECサイト販売各社の平均台粗利は10万円 を超えていました。
トラストの2008年3月期の決算説明会資料によると、売上総利益11.12億円、販売台数7,574台とあり、 平均台粗利14.6万円 で販売していたことがわかります。
当時のECサイト運営会社は、なんとか自社のブランド価値を高めようと各社試行錯誤し、下記のコストをかけて運営されていました。
- サイトの開発、維持費用
- ネット広告費用
- SEO対策費用
- 新聞、看板広告などの現地広告費用
- 店舗の出店や出張費などの現地販促費用
販売台数は、トラストですら月間1,000台以下だったことを考えると、上記のコストを吸収しながら事業を成長させるためには、 適正粗利として平均台粗利10万円以上確保する必要があると考える企業が多かった のだと思います。
またECサイト運営型の企業は、元々台粗利が競争激化によりどんどん下がって行くオークションオファー型輸出を手がけていた企業も少なくないため、新たに参入した ECサイト運営型では高い粗利率を維持したいという考えが強かった のかもしれません。
加えて、今でこそECサイト型輸出には月間1万台以上販売できる程の潜在ニーズがあることをビィ・フォアードが証明しましたが、ビィ・フォアード登場以前は、 はたして新興国にどのくらいの潜在顧客がいるのか、正直わからなかった のではないでしょうか。
だからこそ、ある程度の粗利をとりながら販売したいというのは、各社共通の考えだったと思われます。
低コストで参入できたビィ・フォアード
対する ビィ・フォアードは、先行しているECサイト運営会社とコスト面の条件が全く違いました。
コストメリットを列挙すると
- トレードカービューを使うのでサイト開発費がかからない
- SEOや集客もトレードカービューが行うので広告費がかからない
- 費用は月額掲載費のみなので、何台売ってもオーダーや成約手数料がかからない
他の先行企業に比べ、かなり低コストで運営 できていたのではないでしょうか。
粗利3万円以上取ってはいけないルール
山川社長の著書にも記載がありましたが、当時は 「3万円以上の粗利を取ると社長に怒られた」 ようです。
ビィ・フォアードのスタッフからすれば、他社は10万円以上の粗利をとっているところ、3万円以下の粗利で売るのは勿体無いと思うかもしれません。
営業マンからすれば、少しでも粗利をとって売ろうとするのは当たり前です。
しかし山川社長は、 このマーケットを攻略するには徹底した低粗利販売だと決め、社内にそれを徹底 しました。
これが、一つ目のビィ・フォアードの成功のポイントです。
「低粗利で販売する」と言うのは簡単ですが、他のトレードカービュに掲載していた企業がどこもできなかったことを考えると、当時この戦略を徹底できたというのは、山川社長に相当な経営センスがあったからだと思います。
「信じられないくらい安いBeForward」という口コミ
当時、筆者がアフリカに出張した時に、港はビィ・フォアードのステッカーが貼られた車で溢れていたのを覚えています。
当時、私の頭の中の競合は、トラストやオートレックでした。
それが、 突然無名の企業がマーケットで販売台数を伸ばしていた のです。
帰国後に、現地の口コミを調査したところ、
「このBeForwardという会社の車は驚くほど安いけど、大丈夫なのか?」
「ここで買ってみたけど、問題ない車が届いたよ」
というような口コミで溢れていました。
また、恐らく、 この時期のビィ・フォアードは広告費をほとんど投下していなかった のではないでしょうか。
前述した 「トレードカービューという集客装置を低コストで利用」し、 「徹底した低価格という武器」 でマーケットでの知名度を一気に上げていったのでした。
2.トレードカービューの手数料変更と自社サイトへの転換
「BeForwardの車は激安」というブランディングが確立してきたころ、第2の転換点が訪れます。
それは、 トレードカービューの料金体系変更 です。
トレードカービューの料金体系変更
トレードカービューは、2010年5月にPaytradeサービスを開始します。
海外バイヤーに対して代金決済代行サービスを行い、バイヤーが支払っても車が出港されないトラブルを防ぐようにしたのでした。
Paytradeはバイヤーの選択制でしたが、売買代金の約4%が手数料として取られるようになりました。
またその3ヶ月後の2010年8月1日からは、 オーダー課金制に変更 になりました。
- 最低月額費用5万円
- 1オーダー400円(100オーダーまでは50,000円に含まれ、101件目から課金)
- Paytradeを1件利用ごとに、10,000円キャッシュバック
当時、販売台数が月間600台に届こうとしていたビィ・フォアードにとって、この変更は大幅なコスト増になりました。
したがって、この料金体系の変更のころから、 ビィ・フォアードはトレードカービューを通じての販売から、自社サイトでの販売に切り替える ことにしたのだと思われます。
この主戦場を自社サイトへ切り替えたタイミングが、ビィ・フォアードが成功した第2のポイントになりました。
3.口コミを広める仕組みと現地ユーザー視点
自社サイトでの販売に切り替える前から、トレードカービューで販売した顧客を通じ、ビィ・フォアードの知名度は高まっていました。
切り替えた2010年時点で、年間7,800台、月間650台ペースで販売できるほどになっていました。
ビィ・フォアードは、前述の通り、 競合と比べて集客コストを抑えている分、収益を現地の口コミ戦略に再投資 していきます。
Tシャツの配布とSNSを使った口コミ
ビィ・フォアードの「価格が爆発的に安い」という口コミは、新興国では非常に効果的な口コミになって行きました。
その口コミを後押しするためにビィ・フォアードが始めたのが、 ステッカーの貼付とTシャツプレゼント です。
販売した車にステッカーを貼り、購入した人全員に無料でTシャツを送りました。
以前より、トラストやオートレックもTシャツやキャップを配っていましたので、グッツを送るのは目新しい戦術ではありませんでしたが、このような販促グッツが低価格車両に組み合わさったことにより 顧客の満足度が上がり、ビィ・フォアードのファンは爆発的に増え ていきました。
また、 積極的にWhatsAppやfacebookなどのSNSを活用し、ファンの連鎖を作っていきました 。
現地のインターネット利用料は、いまだ従量課金です。
実は現地では、facebook社がサービス普及の為インターネット接続料を負担しているためか、facebookだけ1日50MBまでネットを無料で利用できます。
またWhatsAppなどのメッセージングアプリは、多くの容量を使わないので、現地人々に広く使われています。
ビィ・フォアードは、SNSをつかって、子供のフォトコンテストや、車のプレゼントなど、魅力的なキャンペーンを次々と打ち出していきました。
このように、販促グッツやSNSを上手く使ったのが、成功のもう一つの理由と言えるでしょう。
ユーザーを更に囲い込むサービス
次にビィ・フォアードが始めたサービスは、 アフリカ内陸国向けの輸送サービス でした。
当時は、各社がダルエスサラーム港など、アフリカの港に車を出港したあとは、各バイヤーが自ら、港での通関や内陸輸送を手配していました。
慣れているブローカーならいいですが、初めて日本から中古車を輸入するバイヤーにとっては、通関業者を調べたり、2,000km離れた隣国の港に自分で車を取りに行ったりすることは、難易度が高くなります。
そのため、現地にはそれらの代行をするブローカーが、現地のエンドユーザーの代わりに日本から輸入していました。
そこでビィ・フォアードは、 業界初、内陸輸送サービスを始め 、ビィ・フォアードで車を買えば、内陸国の自分の街まで届けてくれるようになり、これが今までブローカーからしか購入することができなかった現地のエンドユーザーに大ヒットしました。
この他にも、現地のバイヤーに必要とされているサービスを次々と打ち出し、着実にビィ・フォアードブランドを確立していきました。
販売台数の増加と物流コストの低減
ビィ・フォアードの様に、一社で爆発的に販売台数を伸ばすことができれば、当然 物流コストの交渉力が強く なります。
国内の仕入れから輸出までに関わるコストはもちろん、現地での輸送コストの削減も徹底的に行い、その コスト低減分を更に販売価格に還元 していきました。
4.中国の対アフリカ投資という追い風
2015年8月のチャイナショックが起こるまで、ビィ・フォアードの主要販売先はアフリカ諸国でした。
そのアフリカでの販売台数の増加の追い風となったのが、 中国の対アフリカ投資 です。
当時中国は、石油、鉄鉱石、銅、プラチナ、ダイヤモンド、天然ガスなどの天然資源をアフリカ諸国から輸入し、2007年には400億ドル弱だった資源の輸入額が、2013年には1,200億ドル弱になるなど、年々増加していきました。
また中国のアフリカでの建設プロジェクト額は、2007年に約120億ドルでしたが、2012年には400億ドルを超え、中国はアフリカでのインフラづくりに積極的に投資していました。
資源を採掘現場から港湾などへ運ぶ手段を整備するなど、中国は開発援助という形で投資を積極的に行ったわけです。(引用:みずほ総合研究所調べ)
当時のアフリカは、こうした中国との貿易や投資で、経済が下支えされていたと言えます。
これにより、2015年8月のチャイナショックを向かえるまで、 アフリカのライフラインとも言える自動車の輸入ニーズが高まり続けた と考えられます。
ビィ・フォアードは、前述した優れた戦略がこのような外部環境に後押しされ、大成功したのでした。
ビィ・フォアードの成功要因
このように、
・競合が真似できないビィ・フォアードの低価格戦略
が合致し、爆発的に販売台数をのばすことができたと言えます。
またそれ以上に、 勝てる戦略を実行し続けた経営力こそが、ビィ・フォアードが成功した一番の要因 ではないでしょうか。
チャイナショック以降
そんな快進撃を続けていたビィ・フォアードにも、外部要因によるショックが襲いかかります。
それが、 チャイナショック です。
2015年8月に起こったチャイナショックは、アフリカの国々に大きな影響を及ぼしました。
中国に対する銅の輸出に依存していたザンビアでは、対ドルの現地通貨価値が6割も減少し日本からの中古車の価格が一気に2倍以上になりました。
またジンバブエでは、国内に外貨が不足したことから海外送金の規制がかかり、車が欲しくても支払いできなくなりました。
モザンビークでも、天然ガスなどの資源の価格下落と、現地通貨価格の下落が起こりました。
そのチャイナショックを受け、前年の2014年には146,925台だったビィ・フォアードの販売台数も、2015年には116,213台と初めて減少に転じ、翌2016年には111,652台と横ばいになります。
一時期は 15,000台あった掲載台数も、チャイナショック以降は8,000台程度に減少 しました。
その後、今日に至るまで、アフリカ経済は以前の様な水準に戻ってきてはいません。
しかし、そんな中でもビィ・フォアードは、アフリカ以外の地域への輸出台数を増やし、また韓国やヨーロッパ諸国からの在庫掲載も始めるなど、ビジネススタイルを改善しながら、今日でも成長し続けています。
このように、トラストやオートレックから始まったECサイト運営型輸出も、ビィ・フォアードの様なプレイヤーの出現で、大きく変化しました。
ここから学べることは、 現状の当たり前を壊す企業が、次のビジネスを生み出せる ということではないでしょうか。